『そのとき歴史が動いた~ジャーナリスト達のベトナム戦争~』(NHK) 

きちんと整理できていないかもしれないが、いま感じた事を書き連ねて。

おおきく分けて2つ、ベトナム史(ベトナム戦争)とジャーナリズムについて。

ベトナム戦争=米越の戦争というイメージであった。
実際は日仏米ソ、資本・共産主義の複雑かつ大規模なもの。

『南ベトナム軍は、敵に逃げ道を与えてから攻撃する。彼らに本気で戦う気はない。』
                 米兵へのinterview(NT記者ハルバースタム報道)

元来同一国家の民衆が大国の介入を境に袂を分かつ、表面上はそうであっても、互いに傀儡国家からの脱皮を目指した両者の間には戦闘の意思が無かったことを、ここから窺い知れる。 ある種ドイツの東西分断に似た構図?(定かでないので独史を見直したい・・。

結局のところ、ベトナム戦争=ベトナム独立戦争であり、当時の世界情勢において国民の意に反する形で事が大きくなりすぎたということだろうか。 加えて、ホー・チ・ミン社会主義体制を志した理由(経済的理由?)を知りたいと考えた。


つづいて(これはベトナム史の理解という授業の本筋から逸れるかもしれないが)番組テーマでもあるジャーナリズムについて。

ジャーナリストの正義感と勇気ある行動が世界平和に寄与したという事実(史実?)は理解できた。一方で、番組を見ていると若干のむず痒さのようなもの感じた。手前味噌というか、自画自賛とも違うが『マスメディアってスゴいでしょう?!』『我々の言う事が正義ですよ!』といっているようで・・・。いや、もしかするとこれは日本のマスメディアを暗に皮肉っているのかな??

アメリカ世論が戦争終結を促し、当時の世論がクロンカイトと共にあったこと(当時はテレビの黄金時代。米意識調査において大統領をも差し置いて最も信頼できる人物にも選ばれている。)はジョンソン大統領の『クロンカイトを失ったことはアメリカの主流を失ったと同然だ』という言葉にも現れている。
一方で、世論の暴力性・脆弱性のようなものを感じた。当時の世論は彼の伝える報道資料や言葉を受けて形成されたものだと推測する。
仮に当時のアンカーマンが国家の傀儡だったら、まったく逆の結果がでたのではないだろうか。

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映像を見て、クロンカイトの人物像や報道観、当時何を考えていたのか、また当時の報道の環境について興味を持った。



多くの情報を入手し複数の方向、様々な角度から鳥の目・虫の目で対象を分析する。他者の心情を理解する為、ときには自分(主観)を離れて他人の思考を推し量る。
ネットが世界的に普及しつつある今、我々個人にも情報にアクセスし事実を知り易くなった。(情報の氾濫や真偽、取捨選択は容易でないが)
マスメディアの報道を無責任に鵜呑みにする事を許されなくなった時代とも言えようか。
しかしながら、こんな事を具にこなす事は不可能に近いだろう。ベトナム戦争においてのジャーナリストの報道をすべての当事者から見て真実だとするならば、日本にも彼らのようなジャーナリストの出現と活躍を切望する。




でもやっぱり一番印象に残ったのは『クロンカイト、男前だなぁ』ということ・・。

                                

ウォルター・クロンカイトinterview記事(ほぼ日刊イトイ新聞より

https://www.1101.com/watch/2010-01-01.html

 

1968年、ベトナム戦争が泥沼化する中で、
クロンカイトは現地で取材し特別番組を放送した。
クロンカイトはこれから述べることは
個人的な意見であると前置きし、次のように語った。

「今日、われわれは勝利に近づいていると言うとすれば、
 それは、これまで明らかに過ちを続けてきた
 楽観主義者を信じることにほかなりません。
 一方、われわれは
 敗北の淵に立たされているというとすれば、
 それは、いわれのない悲観主義に
 屈服することであります。
 したがって、われわれは
 こう着状態という泥沼にはまり込んでいると言うのが、
 不満足ではありますが、唯一、
 現実的な結論のように思われます」

クロンカイトは戦況をこう分析したうえで、
次のように結論づける。
「ここから抜け出すための、
 理にかなったただひとつの道は、
 勝利者としてではなく、
 民主主義を守るという誓いに忠実に
 最善の努力をしてきた名誉ある国民として
 交渉の場に臨むことであるとの思いを、
 私は一段と深めるにいたりました」''