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午前中は、ビンさんとの座談会。テーマは、若者の労働観。
今回は、自身のテーマに直結するモノであり、まずは頭と心を整理するべく、highland coffeeにて朝食を。

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食べ終わったトレーを片付けると、笑顔で感謝される。。
多少の違和感を感じつつも良い気分で店を出た。

ベトナムには、食べ終わった食器やトレーを、客が片付ける習慣はないようだ。
日本人が、善かれと思って食器を重ねたりする事を、嫌う人間も多いと聞く。
食器を重ねる事については、自身も懐疑的なのだが・・。(食器の底も汚れ、洗う面積が増える、余計な手間が増えるから。)

『ココは異国の土地ですよ〜。あなたは今、異文化の只中にあるのですよ〜。』と囁かれ、"慣れ"の恐怖を感じさせてくれたのは、甘い甘い、cafe sua da。


ビン氏との座談会。
ホーチミンの通勤ラッシュは、半端でない・・・。
集合時間に遅れてしまった負い目を感じつつ会場へ、ビンさんの寛容な精神のためか、何事も無かったかのような態度で向かい入れて頂く・・。ベトナムでは、時間を守るという意識が、日本に比べて薄いらしい。約束の時間に10分15分遅れることはザラで、一時間の遅れも珍しくないとか。(それは流石に、ダメでしょう・・。と思いつつ)日本が特殊なのかも知れない、と考えると同時に、異文化に救われた?そんな心持ち。

高校卒業→(職業選択)→大学入学
ベトナムの学生は、入学前に将来の職を決定し、それに関する知識を身につけるべく大学に入学する。これが大勢。
選択に至る要素に、親の勧めが大きいという者も多いと嘆くビン氏。
近年、他人の話を疑ってかかる癖が着いてしまった自身。
親の勧めを選択の核に置く者の中には、親への恩義や感謝から、進んで受け入れる考えもあるのではないだろうか、それも一つ、素晴らしいことでは無いかと考える。しかしながら、ビン氏に言わせれば其れは、"怠け"だそうだ。
なるほど、確かに勧めを受けての選択に、自らの考え、決断はない。それは、失敗の際の言い訳、責任の押しつけ先ができるということに繋がる。

家族主義。親と自分。『自分の時間は、自分に由る。』
『従属ではなく、意志』であれば其れは、嘆くべき事でないだろう。


同時に、キャリアデザイン学部とは?との、問いへの答えに寄与する体験となった。
                       (※考え方には個人差があります)
18〜19の若者にとって、一生を計画立てること(特に職について)の難しさ、日本においては特に、社会システムに問題がある事を前提として、自身のキャリアを考え、同時に、他者を支援する人材となる事を目的とする。

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"すきま"の時間にカフェへ。
店選びの基準は、人口密度の低いこと。
ある男は言う、
『低い人口密度は同時に、低い顧客満足度という危険を孕むのだ・・。』と。

sweetsのショーケースを一瞥した客を、見逃しはしなかった。
少々強引なススメで、うまく在庫処理された感は否めないものの、購入。
こういう勘は、往往にして当たるもの。
「食器は、このまま置いてきますよ?」と店を背に歩きながらも、ちらちらと、食器の行く末を確認してしまう自分。異文化の実践は、難しい・・。

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レクイドン高校、夜間日本語授業の見学。
1クラス(10~15人)に非ネイティブ講師が一人つき、リスニングや教科書本文の音読など、内容は日本同様のスタイル。
交流の時間が持たれ、日本への思い入れや、学ぶ理由などについて、意見を交わす。
漫画が好き、日本の会社で働きたいなど、概ね予想した通りの回答が多かった印象だが、中には、『中学入学時に、親が日本語教室への通学を決めた。何も知らなかったので、驚いた。』というものも。
彼は、今後も勉強を続け、日本に渡るのだろうか・・。

日本との物価格差や技能実習制度などの問題を考えると、日本に来てください!と言の発言を、躊躇った・・。

 

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AM7:30?頃、企業ビル前。


おそらく、国歌・社歌斉唱、国旗掲揚
軍服を着た人、役員などが国旗の前に並ぶ。
長蛇の列をなした社員が、ピシャリと背筋を伸ばす。

フーンライオーナー、白井氏との座談会。

勝手に早上がりした従業員。雇用者の諌言に対抗。
前日の残りの皿洗い、次の日の従業員の仕事が増えるだろうが!との主張。
労働する・しないは、たとえ雇われの身であっても、自分の意志に優越することはない。

家族主義。

『野心と志。』
自らの欲と、社会への貢献
人はなにをするために生まれてくるのか?

自分の時間を生きることだろうか。
自らの決断による行動ならば、結果に由らず、納得できる。
しかしながら、自らの決断を尊重するスタイルは、責任が背後を付いて回る反面、楽であり、やらない言い訳にもなりうる。周囲への影響やモラルを度外視した行動に、身勝手な正当性を与えるかもしれない。・・・つづく

社会、共同体、コミュニティ。家族も社会ととらえられないだろうか??
家族への貢献、親を楽にしたい。そのためにお金を儲けたい。
これは、野心か志か。
商いの前提は先義後利である。義をもって事にあたらなければ、質の向上も望めず、利益と結びつき難い、ということだろう。

物価調査:7区
大きな道路が通り、大手日本企業の看板も多い。
巨大ショッピングモールに、巨大な書店。
交通量が非常に多く活気があるが、なんといっても空気(巻き上がる砂埃に排気ガス)が悪い。

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こちらはショッピングモール。
5日目にして、初めてのモール訪問。利用客は、荷物を預ける規則となっているようだ。警備員の元に促される・・ものの、顔をあわすやいなやOKOKと、顔パス。。
笑みを浮かべつつ悔しがる従業員。。(ゲームにでも負けた時のような反応)
日本人への信頼度か、中国人爆買い客へのもてなしなのか、いずれにせよ日常的に行われるゲームらしい・・。警備員の裁量で、セキュリティが緩くなる、個人主義の傾向の現れだろうか。。

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飛行機が、頭上を飛んでゆく。
この街もまた、ベトナム社会・経済の変化を、間近で見て来たのだろう。
過渡期を行きた人々の生活、表情に思いを馳せる。。

 

居住地区(Quan3)から東上(Quan thu duc)へ!・・・。

居住地区(Quan3)から東上(quan thu duc)へ!
本日の目標は、市街地を離れ、郊外へ行くこと!・・・だった。

Ga Sai Gon→ Ga Binh Trieu

居住地点からサイゴン駅が近いということもあり、このルートを取ることに。
行きしなに購入したtrà sữa trân châu(10K)を右手に抱え、意気揚々とサイゴン駅への道を行く。

カウンターにて、toi di den ココ!(Ga Binh Trieuを指差す)
すぐさま開かれた駅員会議ののち、渋い表情で、首を左右に振るお姉さん。

そこで巣子守、考えた。
(こいつは、大変な事になったぞ・・・。)
ここベトナムでの自身の言語能力は、飼いたてのインコほど。
これ以上は、あたふたしながら時間を潰すだけ・・と、早々に見切りをつけ、
また来るよ、お嬢さん!と言わんばかりに颯爽と駅をあとにする。。

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30番で市街地へ、乗り換えたのは88番。

運賃(6000D)を支払う。一息ついて、目を開くと、一面の原っぱに重機がちらほら。
(そのとおり、眠ったのである。)
背の高い建物は、遥か彼方。かわりに見えるは、ヤシの葉ぶきのおうちに、川を走る中型の船。さながら、ジャングルクルーズTDL)。。

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ネット環境が整っていないせいか、現在位置もよくわからない。
後の手がかりとなるよう、見えるものや感じたことをメモメモ。

後で調べてみると、昨年以来、地下鉄や環状道路等大規模な交通インフラ整備や投機目的での取引が増え、地下が上昇している開発途上の地区である事がわかった。
今後、この地区も、経済都市ホーチミンたるコンクリートジャングルに姿を変え、同時に物価水準も同じくするのだろうと、発展の過程、その現場を見た。
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物価調査。
調査の対象物については、未だ定まっていない。
当初、バインミーを対象にと考えたが、店舗により内容物が異なること、各店舗の原価設定や、外国人料金の存在など、調査には向かないとの印象。
野菜、米、卵,フォーなど(料金が明確で、商品自体の違いが少ないもの)を中心に見てみようかと考えている。

pho     22K(Quan9) 29K(Quan1ベンタイン市場付近)
red bull  10k
ガソリン
xang ron 95  16(?),070
xang ron 92  15,370
do 0,05s       11,910
バナナ 35,500/kg
卵 trung vit omega VTD  14400
       trung ga VTD              24000

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研修第3日。

戦争証跡博物館
ヴァン館長のお話を聞き、10分程度の質疑応答。
『ここは、戦争の悪を伝え広める場所。』
館内展示は、ベトナム戦争当時から現在まで、長きにわたる戦争の傷を描いたものだった。
米軍の悪行や武力の多寡、また枯葉剤被害についてのセンセーショナルな写真の数々。
プロパガンダによる、各国の米軍批判をなどを、印象づけた。
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キークアン寺。
ここは、様々な理由により孤児となった者達を預かり、職業訓練などを通して、自立までの面倒を見る、孤児院を兼ねる。枯葉剤被害を受けた子供達も多い。
脳への障害、失明、四肢への障害、重度となると社会復帰すら望めず、一生涯をこの閉ざされた空間ですごす運命を背負う。
昨今、日本では、新型出生前診断の倫理上の問題など、子を産む・産まないの選択につての議論がある。そんなことを考えるのと同時に、ベトナムの、家族を大切にする性格は、ここには適用されないのかと疑問を感じる。

また、お寺の建築様式や、デザインの奇抜さが印象的であった。
鏡張りの柱や壁、カラフルな仏像、電飾の数々は、日本の質素で静かな、厳かな雰囲気、侘び寂びの表現とは、全く別の何かである。
安置されている仏像の種類も多岐に渡り、およそまとまりの無い、そんな印象を受けるとともに、ベトナム仏教思想、その様式化について興味を抱いた。

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吉川先生を囲んでの座談会。
日本の外国人研修制度から、ベトナムにおける日本語教育の実態を中心に、若者事情やベトナム国家の特性まで、議題は多岐にわたる。
冒頭、ホーチミンの平均時給15,000Dとの情報。
行きしなに購入した同額のペンを見て、2国間の物価の違いと彼らが描く、日本ドリーム(=大金稼げる)を再認識した。
日本語教育について。
大学教員の給与が少なく、アルバイトを掛持つ例も少なくないとのお話。午後に立ち寄ったカフェのメニュー、日本語がやけに古く、堅苦しい印象だったことを思い出した。

日本語教育が進むということ、すなわち日本関連の消費が増えることと考えられる。
加えて、日本で働くベトナム人が、スムーズに日本の労働社会に溶け込み、問題が起これば自身で表現し、対処できる、NOと言える言語能力を身につけさせること。
ベトナムにおける、日本語教育の体制を整えることは、労働力不足等の問題を抱え、経済の落ち込む日本にとっても、価値ある事ではないか、日本側の積極的施策を期待したい、と考えた。

第二日。(取り急ぎ、ざっくりと)

建国記念日であるこの日も、街は、総じて初日と変わらぬ雰囲気。?


ニワトリの鳴き声と人々の生活音で目を覚ます。(十分な目覚まし機能を備えた機器が、手元に無い状況にあっては、大変ありがたい。)

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1区、統一会堂となりの公園に、朝のみ開かれるという鳥カフェへ。
鈴なりに下げられた無数の鳥かご、これらすべてがお客の持ち物というから驚く。
個人として、自身の小鳥を愛でる場なのか、他人に披露するステージなのか、定かで無いが、もし誰も小鳥を持ち込まなければ、成立しないでしょうに・・と不安を感じてしまう。




専ら、自身は、おじさん観察を中心にcafeをすする・・・。

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町歩き、鉄道の駅、夜のベンタイン市場周辺を散策したが、至る所に
昼も夜も、バイクの数が2倍以上多いのではないだろうか。。
ホーチミンは、日本の都市部のようなドーナツ化現象が起こらないようだ。。?
所謂帰省ラッシュは見受けられなかった。
ベトナムの人々は家族とのつながりを大切にすると聞いたが、今後徐々に現れるのかもしれない。


町中、郊外とはず国旗や祝日を祝う看板が見受けられるものの、普段同様の雰囲気であった。

居住地域の床屋にはいってみたのだが、『タイ出身の格闘家』でおなじみのブアカーオ
似の理容師さんは、本家よろしく、蝶のように舞い蜂のように刺すスタイル。。
2つとなりの席で、バイクの上に寝そべる人々同様の体勢でくつろぐ、お客さ・・従業員。。笑
30分ほどで終了したのだが、ブアカーオ選手、従業員のお二人。終始そのスタイルを曲げることは・・・、なかった。

ベトナム研修、第一日。

早朝5時。空港を出た、いや飛行機から降りた瞬間、民族衣装アオザイ姿の空港職員さん、湿気、ヤシの木、異様でまた少々の息苦しさは、異文化の只中にいることを自覚させる。

バイクの座席に寝そべる人々、建物の階段隅にフォーをすする人々、
バスの中から見る其れは、さながら映画館最前列。

街を歩く。現地の人々の視線が、少し怖い。視線の意味するところがわからない、それがまた怖い。やはり異質な存在なのですね、私は。
自らが、異文化として視線を送るのと同じくして。そのまま反射してくるような、そんな印象。
まったく馴染めていない、自分。映画館にもどりたい、なんて。



日焼け対策のマスク、長袖バイカー。
男性も日焼けをきにするのでしょうか?
ベトナムの男前像、美人像とは??


商店街。今日あるいた、ほとんどの場所がそれ。
歩いていると、隣あう商店の間、幅1m以下の路地から、何皿もの食事を担いだ女性が飛び出してくる。。。

道路交通システム。
信号機はほとんどみない、無数のバイク、これはさぞ事故が多かろう・・・。
スルスルと、澄ました顔で、渋滞する車の列を横切る。


バイクに寝そべる者といい、路地から現れる者といい、すきま、狭小スペースへの対応力という、優れた身体能力のようなものを感じさせる・・。


また目線を上向ければ、
米企業の看板(31アイスクリームなど、日系企業はもちろんの事、各国のものも見られるが)。タクシーに吊られたアメリカ国旗デザインの消臭板。

道路交通システム(ロータリー)、また食文化(フランスパンの美味しさ、軽さには驚いた。)など、これまでの国家間対立という歴史の、外で根付き、継がれる文化。いや寧ろ、その歴史が裏打ちする文化なのか。寛容性とは違う、こと食文化について言えば、既存のものをそのまま真似るのでは無く、発想の源に、また新しい何かを生み出す。やはり日本と似た所があるのかな、と喜びも感じる。

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最後に。
調査の過程、行動する中で感じたのは、自身には、カメラを向ける事を、躊躇するところがあるということ。(バイクの座席に寝そべる男性など、人に焦点を当てた写真が無いのは、そのため)それは決して、スリ・盗難への危機感ではなく、日常を営む彼らの気を察すると、というのも"おこがましい"が、そんな事を感じてしまう。(持ち前の小心ぷりが現れているだけかもしれない・・・、んー。)今後、ある種の慣れが、行動に変化をもたらすのでしょうか?
幸い、自身の宿泊地域はローカルな雰囲気、加えてディープな空気感の漂う市場が存在する。せっかくの巡り合わせに感謝し、存分に味わい、地域に馴染みたい。課題がひとつ加わった、そんな研修一日目。

あと、TAXIの運転手さん(ホイさん)には旅の緊張を解して頂きました。
カームウン・ザッニュウ!!





死ぬときは、死ぬ。



中学生のころなんて、土中に埋もれたじぶんと、かわらぬ日常世界を、想像して遊んだりした・・・。

 

あっさりとした答えには、無精な性格もあらわれる・・。





それでも、幼いころは怖かった。

ビートたけしに脅されては、病気の兆候がでていないか、おりにふれて確認した。

「死」とういう文字が、不意にあたまに浮かんだときは、上回る数の「生」で打払


う、、、、、、とりつかれてた。笑





世の中には、不老不死を待望するものがいれば、みずから、投げうつものもいる。

いのちを、自身の所有物ととらえ、大事に大事に抱えるものがいれば、別のだれかのモ

ノとして一切の執着をみせないものもいる。

 

 


「人生は、点線。」と、ある学者はいう。

人生を、意識の有無でとらえれば、動ける時間が生、眠る間は死、ということか。

 

自身の"死(生)"へのあきらめが、前を向いたかんじがした。



 

 


痛いのはきらい、振り返りたくない、なにより楽しくない、、、

即死がいい。

 


千代の富士が死んだ、千代大海の師匠が死んだ。

 


人は、死ぬときは、死ぬ。


体力、気力の限界をむかえて、今日も死にたい。

こころから思う、

そんな一日。